変な事件が次々と起こる

まずはSTAP細胞の一件。そもそも本当に出来たのか依然不明なままである。関係者が出来た旨を断言しないところを見ると、おそらくは出来なかったのだろう。あれだけ大々的にメディアに登場、将来ノーベル賞確実とまで騒がれた小保方晴子さんは、一切姿を現さず、弁明すらしない。これほどに実体のないいい加減な論文を、天下のネイチャー誌が掲載し、世界的な研究者が共著に名を連ねていた事実を一体どう捉えたらよいのだろう。理研には真実を明らかにすべき義務があるはずである。

さて、ベビーシッターに2歳男児が殺害されたとされる事件は衝撃的だった。逮捕容疑は死体遺棄だが、泣いてぐずるので押さえつけ、窒息死させたのではなかろうか。露わになったのは、行政の認可もなく、ネットを通して気軽にベビーシッター業が営まれているという現実である。物ならネットでいっこうに構わないが、対象は人である。それも自ら環境を選べない小さな子どもである。そもそも育児経験もない、もちろん免許もない若い男が乳児を預かれるとも思えない。もちろん金欲しさにやるべき職業ではありえない。

報道によると、この男はこれまでこの母親からその男児と弟の乳児を週2日預かり、日に8000円を貰っていたという。ベビーシッター料の相場とされる時給1500?2000円は若い親には負担なので、1000円程度で済むネットのベビーシッターが流行っているというのである。だが仮にも、かけがえのない我が子を預ける以上、安ければよいというものではないだろう。実際に誰が預かるのか、どんな所でどんな風に預かってもらえるのか、事故や病気の時の対応は問題ないのか、我が目で確かめておかないと不安なはずだ。考えてみたら、たかだかクリーニングでも、もちろん大事なペットにしても、預け先の信用ほど大事なものはない。

男も男だが、母親も母親である。無職とあり、父親が出てこないところを見るとシングルマザーなのだろう。週2日、子ども2人を適当に預け、その間何をしていたのか。親にとって子どもの養育以上に重大事はないはずである。これも児童虐待の一種ではないだろうか。母親に放られ(その前に父親に放られ)、見知らぬ男の手を伝って、結局、以前暴力を振るわれたことのある男の元に預けられた男児はどれほどか恐怖であっただろう。偽名までを使っていた今回の男の例は極端ではあるにしろ、トラブルはたくさんあるのだろうと思う。

思い返すと、悲惨な児童虐待案件を検事の時に扱った。その後件数はどんどんと増え、今や養父母や継父母ではなく実父母による児童虐待も珍しくはなくなっている。自分を庇護してくれるべき親に日頃暴力を振るわれる子どもらほど不憫な存在もないと思う。育てる覚悟がないのなら産まなければよいのにと思わされたものだ。性行為をするなら避妊をすべきだし、万一妊娠してしまったなら適法な人工妊娠中絶をすべきだったろうと。

もちろん子どもを養育する上で欠かせないベビーシッター業に何らかの歯止めが必要であることもまた、今回の事件は明らかにしたのではあるけれど。

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