イスラム国による人質事件によって脇に押しやられていたが,今もずっと燻り続けていることがある。千秋楽翌日1月26日の白鵬の記者会見である。周知のように,彼は公の場で審判を批判した。
13日目の対稀勢の里戦,行司は白鵬に軍配を上げたが物言いがつき,審判協議の結果,同体と見て取り直しとなった。二回目,白鵬は完勝し,33回目の優勝が決まった。この取り直し審判に対して,「疑惑の一番がある」「帰ってビデオを見たが,子供でも分かる」「審判も元お相撲さんでしょ」「こちらは命をかけてやっている。もっと緊張感をもってやってもらいたい」などと公言したのである。おまけに「肌の色は関係ない」など人種差別を匂わす発言までした。許すべからざる暴言というべきである。
その取組自体,「子供が見ても分かる」ほどに勝敗が一目瞭然なものではない。現にビデオ担当の元寺尾(親方)が白鵬の足の甲が先に土俵についているとし(白鵬が負け),結局取り直しになったのである。そのあとは完勝して33回目の優勝を決めたのだし,文句を言われるような審判では決してない。そのことが一つ。
それ以上に大事なことは,きちんと手続きを踏まなかったことである。家族や身内に上記のような内容を零しても誰も咎めようがない。しかし仮にも公人なのだから,時の場所を弁えなければならないのは,当然のことである。公益法人である相撲協会に属する者はおよそ公人だし,横綱は600人の力士のトップの地位にある。公人だからこそ与えられた公の場所で,一方的に,その立場も弁えずに文句を垂れるのは,公人がなすべきことではない。
もし審判に誤りがあると確信し,後進かつ相撲界全体のために正すべきだと思うのであれば,正々堂々と議論に乗せるべきなのである。親方に相談のうえ,審判部に堂々と質問をする。であれば審判部もきちんと答えるであろう。審判にも誤りはある。現に,現在のビデオ審判が導入されたのは,大鵬の45連勝が止まった「誤審」がきっかけとなったのはよく知られたことである。
白鵬はとくにここ2年ほど,張り手やかち上げ,だめ押し,睨みつけ,そして懸賞金を受け取る所作の醜さ,取組前に汗を拭かないこと,加えて今回千秋楽で三役揃い踏みに遅刻し,取組中に入場するなど(上記記者会見も1時間遅刻),極めて品性のない言動が続いている。横綱として相応しくないこと限りがない。相撲は単なる格闘技ではない。天覧があるのは相撲が国技だからであり,他の格闘技とは違い,礼に始まり礼に終わるべきものなのである。
今回は身内の後援会からも苦言が続出し,白鵬は31日深夜のバラエティ番組で「ご迷惑をおかけした」旨抽象的に謝罪をしたという。それで幕引きになどなろうはずもないのに,公的な謝罪は一切なく,また驚いたことには協会側も親方を通して注意をしただけで終わりになるようなのだ。煽りを受けて,何ともやりきれないのは我々相撲ファンであり,また一生懸命にやっている他の力士たちであろう。
白鵬は来日時とても細い少年で,どの部屋も引き取らず,あわや帰国させられる段に,宮城野親方がその体の柔らかさを見込んで引き受け,毎日とにかく食べさせ,大きくしていったのだという。そのことに白鵬はとても感謝をしていたというのだが,それも今は昔。3年近く前になるが,大島親方が定年を迎え,モンゴルの先輩力士旭天鵬が現役続行の意思が堅くて部屋の合併話になったとき,白鵬は親方を差し置いて大島部屋との合併を画策,旭天鵬の優勝時,横綱でありながら異例の騎手を務め,千秋楽恒例の部屋の打ち上げパーティをすっぽかしたのだという。結局大島部屋は友綱部屋に合併となり,以後白鵬と親方との間には意思疎通がほとんどないとも聞く。
ハワイ勢が横綱だったとき,こんな品格問題は流れなかったなと思う。モンゴルは朝青龍に続いて,白鵬である。相撲を教える以上,親方は相撲だけでなく,礼を教えなければならないはずなのだが,それが出来ない態勢にあるということだろうか。ただ強ければ,ただ勝てばよい,というスポーツとはまるで違うのだが,そこをどう立て直していくのか。外国人力士は各部屋1名に絞られたけれども,受け入れている以上,きちんとそこに向き合っていかなければ,せっかく若手力士によって持ち直しの傾向にある相撲の将来は厳しいと思われる。