小金井ストーカー事件判決に思うこと

懲役14年6月…軽すぎるとの声が強い。ストーカーに30か所以上刺され、生死の境をさ迷った被害女性は、求刑17年の軽さにまず驚き、判決でさらにそれを下回ったことに大きなショックを受けていたという。刑期を過ぎれば犯人は出てくる、と思うと不安と恐怖しかない…その通りだろうと思う。重い後遺症を患い、将来の夢も断たれた女子学生を、本当に気の毒だと思う。

ただ判決について言うならば、実務を知る者として、殺人未遂罪での求刑懲役17年は極めて重いと言うことができる。殺人の法定刑は「死刑か無期懲役か懲役5?20年」、被害者1人の殺人に無期懲役以上を求刑する事例は、殺人に誘拐目的、強姦、放火、詐欺(保険金殺人)などがついているのが相場である。あるいはよほど重大な前科があるか。つまり普通の殺人の場合は、どれほど残虐であろうが被害者に落ち度がなかろうが有期懲役を選択するので、最長で懲役20年なのだ。本件は未遂なのでそれよりは当然に下がる。懲役17年は、考えられうる限り最長の求刑であったと考えている。

実は、有期懲役の最長が20年になったのは平成16年の刑法改正以降であり、明治40年の制定以来長きにわたってずっと15年であった。人一人殺して求刑10年(判決8年)が相場という時代が長く、人一人殺して最長の15年を求刑した事例を、極めて稀であったが故に、私は今もよく覚えている。当然死刑、せめて無期懲役を望む遺族に、私は謝った。「お気持ちは本当によく分かるし、私もできるものならそうしたいのですが、ごめんなさい。15年の求刑しかできないのです」。責められ憤慨されることを覚悟していたが、返ってきたのはただ悲しそうな顔だった。判決後、さらに謝った私に、遺族はただ優しく、胸が詰まった。

懲役15年の求刑に対し、判決は懲役12年。予想はしていた。有期懲役刑の場合、求刑の1?2割減が判決の相場だからである。だから本件も17年が14年か15年になると読んでいたが、14年6月?…なんだ、これは? 2年6月や3年6月ば普通にあるが、ああそうか、これは1割減と2割減のちょうど間を取った1.5割減である。評議の多数決で決まったのだろうか。

もちろん、事案を鑑みれば、求刑を下げてやる必要もなかった。勝手に思いを募らせて逆恨みをし、その犯行の悪質と執拗性、反省の希薄さ、さらには勇を奮って法廷で証言した被害女性の言葉に激高したうえ、「じゃ、殺せよ!」と叫ぶなどし、退廷を命ぜられた経緯からしても、懲役17年のままでもいっこうに問題はなかった。しかし裁判員6人を含む9人の裁判官は被告人にもそれなりの事情を認めたと見える。

私が今回の法廷で思ったのは、なぜ被害女性に陳述をさせたのか、であった。平成12年の刑事訴訟法改正により、被害者には意見陳述をする権利が認められている。報道によれば、彼女自身こういう事件が二度と起こらないように、被告人はきっと仕返しに来るから出てこれないようにとの思いだったという。その被告人とは衝立で遮られているだけ、どれほどか緊張し、怖かっただろう。実際、被告人は必死で意見を述べる彼女に、あろうことか「じゃ、殺せよ!」と怒鳴りもした。その後、検察官による懲役17年の求刑に、彼女はその軽さに驚いたのだ。もし無期懲役などありえず、せいぜいがその程度だと分かっていれば、それでもやはり出ただろうか。被害者側弁護士は現実を伝えていなかったのではないか。正しい事実認識のないまま、さらなる被害に遭った女性には慰めの言葉もない。

さて、いろいろなことがネット時代によって変わっていく。情報はあっという間に拡散され、見てもらいたい人だけでなく、嫌な人、怖い人、あるいは今回のように異常な性向を持った人も同じように接してくる。流した情報に、良識的に対応してくれる人ばかりでないことは、誰もが肝に銘じておかねばならないのだろうと思う。いざとなれは警察に頼ると言っても、警察の力も無限ではありえない。この手の事件が起きると毎度必ず責められる警察をいささか気の毒に感じている。厳しい言い方かもしれないが、怖いと思えば、決して一人にはならず、誰かについて来てもらうなど、自らの身はやはり自らがきちんと守ることがあくまで基本であろうと思うのだ。

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