ゴーン逃亡,その後

この8日,ゴーンがレバノンで記者会見を開いた。誰もが最も関心を持つ脱出方法については,関係者に迷惑を及ぼすからとして一切触れることなく,自分は全く悪いことはしていない,日産の西川らに嵌められた,日本の刑事司法は有罪前提で弁護士の立ち会いも許されず,前近代的だ‥と一方的にまくし立てた。フランスの女性キャスターが「ライオンでも食べたかのように」と比喩したほど,異様な興奮状態だった。

結局のところ,公判準備手続ですでに出てきた以上の新しい証拠は,何も示されてはいない。示せるのであれば,まさに渦中にあった日本の裁判手続の中で出していたはずである。彼が逃亡した理由は,有罪率の極めて高い日本では自分も有罪になると予測したからであろう。公判はこの4月から開かれるはずだったが,一審2年として,その後の控訴・上告を併せると,4年かかるかもしれない。有罪となれば刑期も何年にもなるだろうし,併せて10年を無駄に潰すことになる。その間妻にも会えない。今も自由は著しく束縛され,世界に誇るべき非凡な才能の持ち腐れだ。とってもやっておれない。こんな所は脱出だ‥。

この5日,東京地検がコメントを出し,法務大臣も外務大臣もコメントした。8日のゴーンの記者会見後には,日本時間深夜にかかわらず,法務大臣が会見を開き,反論した。事態は国際的な問題となっており,今後も折りに触れて当然,日本の刑事司法に対する誤解を正さなければならない。

徐々に明らかになってきたところによると,彼は,スパイ大作戦さながら,楽器(コントラバス)を入れる大きなケースの中に潜み,出国審査を免れたという。プライベートジェット機の場合,(特に関西空港では審査が緩く)X線検査も開封検査もされないという事実を知悉したうえでのことであった。もし脱出に失敗すれば,保釈は取り消されて拘置所に舞い戻り,2度と保釈されることはない。最強の弁護団に依頼したはずだが,逃亡を企図された以上,真っ当な弁護士であれば辞任する。ゴーンにしてみれば万が一にも失敗は許されず,大枚の金(一説には22億円!?)をかけて最上の適任者を選んだのであり,搭乗した2人の米国人はもちろん,他にも多くの協力者がいたことであろう。彼らはすべて,不法出国の共犯である(身柄を拘束されていないので逃走罪は成立しない)。いかんせん,大金がなければこうした脱出劇は不可能であった。

密入国ないし不法在留は実務でよく扱う犯罪であるが,不法出国となると,まるで馴染みがなかった。不法入国でなく不法出国ということは,正規の入国者及び日本人を対象としており,そうした人たちが正規の出国手続を取らないことなど,普通はないからである。そうか,事件を起こして逃走中とか,保釈中ならば,まさにこれが当てはまる! ちなみに,正規の出国手続を踏むべしと定めるのは,「出入国管理及び難民認定法」25条であり,罰則(出国及び出国企図)は71条,「1年以下の懲役又は禁錮,30万円以下の罰金(併科可)」と軽罪である。

ゴーンの個人的な不満はさておき,刑事司法はそれぞれの国の歴史,社会事情,国民性などに拠っており,各国それぞれに違う。日本の場合,被疑者拘束期間が長いと言われるが,フランスも重罪の場合は2年も3年も被疑者のまま拘束されていると,かねて言われるところである。有罪率は確かに100%近いが(韓国も非常に高い),それは起訴に当たって精査して有罪が取れるか疑わしいものは不起訴にしているからである(ムラ社会なので,レッテル貼りを避けたいがため)。もし疑わしいものは起訴するとなれば,無罪率はもちろん高くなるが,国民はそれで納得するだろうか? 別の不満がきっと起こるのではないか。

取調べに弁護士の立ち会いが認められないことはつとに指摘されており,日本と似た制度の韓国でも認められているため,ちょっと遅れている?と感じられても仕方のない面があろう。だが実を言うと,当の弁護士たちから,立ち会いを認めろとの要求はほとんど出ないのである。なぜならば,日本は精密司法の国であり,微に入り細に穿ち犯罪事実を明らかにしようとするため,その最たる証拠となる被疑者本人の取調べ時間は長くならざるをえないからである。

連日,8時間もの取調べに立ち会っていたのでは,弁護士はその間,他の仕事はおよそ出来ない。その報酬はどうするのだ? ゴーンのような特権階級の人は払えるが,被疑者のほとんどは金のない人たちであり,国選弁護人の出番なのである。その報酬は税金で賄われるが,接見や公判立ち会い以外に取調べの立ち会いにも払うとなると,膨大な金額になる。欧米の国々はもちろんのこと,韓国の被疑者取調べも日本と比べると格段に短いのである。究極は,精密司法を捨てるか,という議論をしなければ,弁護士の立ち会いなど,まさに絵に描いた餅である。

保釈要件を厳しくすべきだとの議論も起きてきた。背景には最近,逃走が続いたこともあるだろう。しかしながら,ゴーンの場合は特別であり,まさに札束にものを言わせて,こうした不法出国ができる人はほとんどいない。被告人は「無罪の推定」を受けるのだから,保釈は原則として許されるべきであり,その際逃亡防止のために「身の丈にあった」保釈保証金を積ませるのが保釈のあるべき姿だと思っている。ゴーンの場合は100億円位になるのかと思っていたら,ずいぶん少なくて,驚いた。これまでの最高は20億円であり,うんと上回ると予想しさえすれ,下回るなど想像もしなかった。

ゴーンにしても,100億円であれば捨てられなかったのではないか? 実際この人は金の亡者である。たかだか3000万円の退職金を払えとルノーに訴訟を起こしたと聞いたときには聞き間違いかと思ったくらいだ。有能な弁護士が保証金額を下げさせるのに成功したのだろうが,身元引受人は誰がなったのだろう。妻など家族が身元引受人になるのが普通だが,妻は事件関係者として接触が禁止されている。それ故,弁護人がなったのではないかと推測するのだが,そんな保証金など屁とも思わず逃げられて,その責任はどうなるのだろう。あまつさえ,弁護人の一人が,逃亡にも無理からぬものがあるなどと開き直ったことをブログに書いて,ずいぶん炎上しているようだ。仮にも弁護士が犯罪を容認して,どうする。それとも,逃走罪が成立しない以上,何罪にもならないと勘違いしたのだろうか? まさか。

保釈中のGPS装置監視については,他国も普通にやっているし,ゴーン自ら申し出ていたが(毎日裁判所に出頭するとも申し出た),そういう制度がないために裁判所は認めなかった。もちろんそうした監視がなされていれば,逃亡は出来なかったであろうから,考えてもよいのかもしれないとは思う。ただ,やはり「無罪の推定」を受ける者に対して,ゴーンの一件をもってして,性急に採り入れるのには躊躇を覚えるのが正直なところである。

カテゴリー: 最近思うこと パーマリンク