黒川東京高検検事長の定年を延長した閣議決定(今年1月末日)が違法であることは、これまで縷々述べてきた通りである(「違法の疑い」などではなく明確に「違法」である)。検事総長以外の検察官(検事・副検事)の定年は63歳であるから、彼は63歳になる今年2月8日の前日には検察庁を去っていなければならなかった。しかし、違法に検察官に留まることすでに3ヶ月以上。その間の高給は不当利得であり、法律家である彼は違法性を知る立場にあったので、国家に利子をつけて返還すべきものである(民法704条)。内外からの批判を予想しなかったとは思えないが、毎日が針のムシロで、本音ではもういい加減辞めたいのではないかとも思うが、辞めないところを見ると、何か官邸側に弱みでも握られているのか、と勘ぐりたくもなってくる。
ここに来て、このコロナ騒動の真っ最中に、それこそ不要不急でもないのに、国家公務員法改正(65歳までの定年延長)に併せて、検察庁法改正を国会が一括審議していることに、弁護士会はじめ各方面から凄まじい批判が寄せられている。国家公務員の定年を65歳にすること自体は、年金支給の開始年齢と併せて私企業も65歳定年が奨励されていることからすれば、異論は少ないであろう(もちろんこのコロナ禍で民間の雇用情勢がおしなべて悪化していることからすれば、公務員だけいい思いをしてとの反感は避けられないだろうが)。国家公務員が65歳になるのであれば、検察官の定年も63歳から65歳に引き上げるのは当然であろう。ただ次長検事や高検検事長、地検検事正など幹部は63歳でポストを退くとの案は従前より作られていたのである(ポストが詰まってくるので、民間でも60歳になると再雇用として給料が下がる所が多い)。
ここで余計なことを言うと、幹部から平検事に降りてまで勤務を継続したい人は、はっきり言って皆無である。検事正から公証人(70歳定年)というコースはよくあり、その場合、大体60歳位までで、いいポストが空いたと声がかかって辞めていく。検事長以上には公証人コースは用意されないが、弁護士になれば、元の肩書きだけでずいぶん役職も来て、まさに左団扇である。故にこの定年延長は、幹部にならない平の検察官(多くは副検事)を対象にしていると言ってよい。
今回大批判を起こしている改正条項は、そこではない。幹部について、内閣が「公務の運営に著しい支障が生じる」と認めれば、最長3年まで延長できるとの特別条項が加わった点である。内閣が、自分たちに都合が良いと考えれば(まさに黒川氏がそうである)、例えば、65歳の検事総長を最長68歳まで延ばして務めてもらうこともできるようになる。そうなれば、検察の独立性は著しく害される。検察は行政機関ではあるがその性質上準司法機関であり、不偏不党が原則であって、内閣の顔色を見て事件をやるかやらないかを決めるのであれば、否、そうではないかと国民が疑うこと自体、検察に対する信頼が地に落ちてしまうことなのである。
と言うと必ずや、選挙で選ばれない検察官にそもそも強い権力を持たせすぎている、国民が直接選ぶ国会議員にこそ任命権があるのは当然であり、それが民主主義というものだ、との説が唱えられる。今回、この改正案に憤慨するマスコミの友人から「米司法省はトランプ大統領の元補佐官フリンの虚偽証言の起訴を取り下げた。当然大統領指示によるもので、オバマ前大統領はこれに『法の支配が危機にさらされている』と強く警告している。今回はこれと同じではないか」とのメールがあった。言わんとすることは分かるが、アメリカと日本は同じようには語れない。アメリカは、トランプが嫌だと思えば次の選挙で対立党の候補者を選べばよい。そもそも検察官も選挙で選ぶ国なのだし、裁判官も党派が鮮明だ。すべて選挙、つまりは国民が選ぶ前提で成り立つ国と、日本を比べるのは違うのではないか。日本では、結局選挙をすれば自民党が勝ち、首相となるその総裁は党の論理で決まる。もちろんそれを変えていかなければ、二大政党にしなければ、といって選挙制度も変えたけれど、小選挙区ではその弊害のみが目立ち、肝心の政権交代など起こりようもないのが現実である(民主党による、失われた3年の記憶が消えないのも大きな要因である)。
もとの改正案に存在しなかった(検察に定年延長という発想はない)この特別条項が加わったのは、いつなのか。勘ぐれば、黒川問題に併せて、その違法性を薄めるべく、後付けで作り、急遽通すことにしたようにも思われる。今回の閣議決定も(黒川氏を総長にするために)早めに辞めてくれとの官邸側の要望を稲田氏が蹴ったことによる、苦渋の産物だった(稲田氏は慣例通り、総長就任2年になる今年7月に勇退し、後任を林氏にしたかった)。その違法性を後付けで薄めるとともに、今後も検察の独立性を薄めるために(?)国家公務員法と一括して内閣委員会で審議し、野党が要求する法務大臣出席も拒んだままである(珍答が繰り出されるのが目に見えているからか?)。国家公務員法はともかく、大きな問題を孕む検察庁法改正は、性急になされるべきではない。もちろん定年延長の特別条項を除いて元の形にするのであれば、とくだん問題はないのだが。
当の黒川問題に話を戻すと、この改正案が国会を通過したとして(今週中に衆院を通過させる予定であるらしい)、施行は2022年4月1日であるから、黒川氏個人の検事総長就任期間が68歳にまで延びるわけではない。現総長の稲田氏がこの7月に勇退すれば、内閣は待ってましたとばかり黒川氏を検事総長に任命するだろうが、その定年は彼が65歳になる2022年2月7日までだからである。内閣の圧力には屈せず、稲田さんがこの7月に勇退しなければ、ここまで大きな批判を呼び起こしている黒川氏の定年をまた半年延ばすなどは、さすがの内閣もできはすまい(半年延ばしたところで、稲田さんの定年は来年8月13日まであるのだ)。
さて報道によると、河井衆院議員(前法務大臣)の捜査が進んでいるという。買収は実務上、公示期間中のものに限っているが、法文にそう書かれているわけではないので、その前のものでも可能である。ただその場合、現金授受の趣旨が曖昧になりやすい。報道によると、参院選挙前の4月の地方統一選挙の際などに配っているものが多いらしく、となると選挙の寄付として貰った云々、受け取る側も買収の認識はなかったと言いやすい。買収は誰もが知る重大犯罪なので、大見得切って渡す受ける、とは考えにくいのである。それをクリアできるのか? 県議などの公職者では、前科なり公民権停止がかかってきて、被買収で起訴されると、当然ながら失職するのである(公職選挙法は刑訴法に新しく導入された「司法取引」の対象犯罪には入っていない。350条の2・2項)。もし買収としてやれるということになると(額の多寡に限らず)逮捕するのだが、国会開会中のため、逮捕許諾請求が必要である。その際、法務大臣が指揮権を発動すれば世論が大いに沸き上がって、内閣は総辞職になるのではないか? 今、検察対内閣の存亡をかけた?戦いがなされているように思われる。