とある週末、なにげにテレビをつけていて、引き込まれた。古民家、田舎の風景、そこに人の輪がある…竹所集落…ネットで調べたら、新潟県十日町である! 日本一の豪雪地帯だ。たまたま新潟の県会議員とは国会議員時代から何人か今も親しくしていて、十日町出身の県議もその一人。雪祭りにも招かれて行ったことがあるが、なにせ寒いのが苦手なので、それっきりになった。
カール・ベンクスさん(78歳)はドイツ出身。大戦で、父親はカールさんが生まれる前に亡くなったが、家には桂離宮の美を世界に知らしめた建築家ブルーノ・タウトの本があり、浮世絵もあって、日本に関心があり、最初柔道、次にパリに行って空手を習う。日大空手部に来るべく20代半ばで初来日、以来日本とドイツを拠点に建築の仕事をしている。アルゼンチン出身でルフトハンザ航空の客室乗務員をしていたクリスティーナ夫人とは日本で出会って、31歳の時に結婚。50歳を過ぎたとき、お米に買いに行く知人と一緒に新潟に来て、たまたまこの集落を知る。捨てられた古民家に一目惚れ、その日のうちにオーナーに連絡をしたら、思いもかけず土地込みで「100万円」という安値を提示される。即決購入。
妻は怒った。自分に相談もなく。だが、車で連れて行かれて、景色の美しさに…息を呑んだ。「(英語で)なんと美しい…こんなに美しい所は世界のどこにもない」。棚田の美しさは有名だが、それと共通するであろう静謐な、日本画のような光景だ。カールさんは、購入した古民家を自ら再生させる。木はできるだけそのまま利用し、二重サッシ窓や床暖房はドイツ仕様を取り入れて、住む利便を追求する。和洋折衷のカラフルな外見以上に、天井の高い、梁をそのまま利用した、家の中身は素晴らしい。
夫妻がやって来るまで、雪深い集落は存亡の危機にあった。だが今や、他から移ってくる家族もあり、コミュニティが出来て、新生児も誕生している。集落内ばかりか、新潟ばかりか、あちこちの古民家をカールさんは再生させ、それがすでに60軒近くになり、目標は100軒。町興しの業績を評価され、夫妻は内閣総理大臣賞を受賞した。本当に、知的で穏やかな夫妻である。
広いキッチンで、奥様は、庭で採れ、また近所の人たちが持って来てくれる旬の野菜を使って料理する。画面越しにも伝わる、いかにも美味しそうな野菜を頬張って、満面の笑みを浮かべるカールさん。素敵な表情だ。「(日本語で)…高級な料理ではないのでしょうが、…でもこれが高級な料理なんですよね」。そう、取れたての旬の野菜、それを使ったシンプルな皿こそが一級品の料理である。25年住んだ今も、奥様は、天気の悪い日以外は夕方1時間、外に出て景色を眺めているという。ゆったり時間が流れ、生活の手抜きをしない、そうした丁寧な日々こそが、高級な人生なのだと思う。いいなあ、こういう生活…。
思い出したのはベニシアさん。京都大野の古民家に住み、家の庭で作るハーブを使っていろいろな料理を作り、その日々の生活を本にしたベニシアさん。彼女が登場する番組に、かつてずいぶん嵌まっていた。自身の美しい朗読もあり、ゆったりと時が流れていく。イギリス貴族の出身だがインドに渡り、来日して、今は再婚した日本人男性と暮らしている(はずだ)。息子さんもいる。最近は体調が悪いとかで番組の放映もないが、今も変わらず住んでいるとすれば、彼女もまた四半世紀をその古民家で過ごしていることになる。
かつてエコノミックアニマルという言葉があった。忙しい忙しい、食事を取る時間もないなどと言う人が今でもいるが、そう言いながら、悲しいというより、なんだか得意そうに見えることがある。それだけ仕事があって、人から頼りにされ、お金も儲けているということだろうか? だが、たった一度きりの人生、そんな生活は御免被りたいものである。ずいぶん前テレビで、仕手筋で有名な某氏が登場し、スタジオの視聴者に、「皆さん、僕のこと、嫌いでしょう」と言ったことがある。彼は頷きながら続けた、「それは僕が成功して、お金を儲けているからだと思いますよ」! あんまり唖然としたので、その光景が記憶にこびりついてしまった。最高学府を出ているはずだが、知性とか教養とかいったものは、どうやら大学では養われないようである。
竹所には、埼玉の姉妹が週末来訪して営む、古民家喫茶があるとのこと。冬の間は閉店なので、春になったら、県議の知人を訪ねがてら是非訪れたいと思っている。