24日、日本の刑事裁判で画期的な判決が、福岡地裁で言い渡された。北九州市の暴力団工藤会は、一般市民までをも容赦なく狙う凶悪さで知られ、全国で唯一、特定危険指定暴力団(暴力団対策法)に指定済みである。そのトップ野村悟総裁(74歳)とナンバー2田上不美夫会長(65歳)が2014年逮捕され、以来7年が経つ(勾留中のままである)。
起訴事実は4件。1998年の元漁協組合長射殺(殺人)、2012年の元福岡県警警部銃撃、13年の看護師襲撃、14年の歯科医襲撃(いずれも「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」(2000年施行)違反)である。98年殺人が一番重く、その実行犯についてはすでに無期懲役判決が出ている。両被告については彼ら実行犯との共謀があったか否かが争点となる(いわゆる共謀共同正犯である)。
組織による大がかりな殺人といえば、1995年のオウム事件である。サリンを捲くなどの実行犯のうち1人が、良心の呵責に耐えかねて、麻原の指示を自供した。麻原は最初から最後まで自分は知らないと否認したが、絶対権力を握るトップであり、彼の指示・認容なしに配下は決して勝手には動かないことを認定されて(そんなことをしたら自分たちがポアされてしまう)、04年死刑判決が下された(すでに執行済み)。オウム事件との違いは、各実行役が両被告の指示を供述・証言していないことである。つまり直接証拠がない。
実行役にしてみれば、どうせ自分たちは刑務所に行くのだし(もともと覚悟の上である)、トップを巻き込んだとて情状酌量になるはずもない。どころか、そんなことをしたら組からの報復が怖い。家族もいるのだ。大体、こうした場合の弁護人は組から付けられるので、万が一この際洗いざらい喋って堅気になろうと決意をしたとして、弁護人から「そんなことをしたら家族も怖い目に遭う。決して言わないように」と口止めをされるくらいなものである。
捜査を尽くして起訴をし、そして有罪を得るために公判遂行をしていく過程で、関係者一同それぞれに大変な苦労をされたことは、想像に難くない。工藤会の上意下達の組織性及び漁協関連の利権を巡るトラブル(犯罪の動機)を、極めて多数の証人尋問(別室で実施することができる)を通して丁寧に構築していった。そして「両被告が意思疎通をしたうえで、野村被告が意思決定したと推認できる」とし、求刑通り野村被告に死刑、田上被告に無期懲役を言い渡したのである(98年殺人だけでこの量刑を認定できる)。
まずは警察のご苦労は察して余りある。まずもって暴力団に関してはその被害者も一般人も、報復が怖くて警察への協力を躊躇する傾向がある。ましてや工藤会は、一般人でも企業でも警察でも、邪魔者は消せ、頭に来たからやれ、といった危険極まりない集団なのである。福岡警察は威信をかけて、工藤会壊滅に向けて「頂上作戦」を展開して、ついに両被告を逮捕。並行して組織の切り崩しも進められた。組員に離脱を呼びかけて就労を支援。県内の組員(準構成員を含む)は20年末に計430人と、ピークの08年末から6割以上減り過去最少になった(山口組と比べると10分の1以下の規模である)。北九州市の本部事務所は解体済みだそうだ。警察の本気度、実行力が市民の協力を高めることに繋がったといえよう。
暴力団対策法に加えて、ここ数年暴力団排除条例が各地で出来て、暴力団員が普通に生活するのはなかなか難しくなっている。生計の基本であったはずのみかじめ料とかしょば代とか取りにくくなっているし(市民も応じなくなった)、辞めて堅気に戻ろうよとの支援も警察が絡んで進めている。暴力団事務所の建設反対とか、暴力団員にこれこれの被害を被ったので、そのトップに使用者責任を問う民事訴訟も普通に起こされるようになった。判決も認めている。しかししょせん金で済む民事事件と違って、刑事事件でこれだけの責任を科すことができるとしたことの効果は計り知れない。
野村被告は、判決言渡し終了後態度を一変。裁判長に対し、「公正な判断をお願いしたんだけど」「あんた、生涯後悔するぞ」と威嚇し怒声を浴びせたという。田上被告も「ひどいなあんた」と言い放ったそうである。裁判長は東京高裁に異動済みであるが、この言い渡しのために出張してきたという。弁護人は(本心はどうか知らないが)被告らに「疑わしきは被告人の利益に。無罪が言い渡されるはず」と言っていたのではないか? 正義感のある真っ当な裁判長(2人の裁判官も)で、本当に良かった。全体像を考えず、細かい所に囚われて結局「無罪」を導き出す裁判官もいるはずなのだ。もし万が一無罪なんてことになったら…ああ、想像するだけで恐ろしい。警察の長い努力も一瞬でおじゃんである。裁判官は絶大な権力者であることを改めて思う。
彼らに報復をするだけの組織力があるかどうかは分からないが、その恐れはこれからずっとつきまとうはずである。家族もいるし心配なことであろう。警視庁がきちんと保護してくれることを切に願っている。裁判官へのテロは日本ではこれまで起こったことがないが(検察官へのテロもない)もしそんなことが起こったら、民主主義社会に対するとてつもないダメージとなる。