執筆「日本が世界に誇る歌舞伎 伝統がすたれず生き残るには」

 久々に歌舞伎を観た。歌舞伎ファンの、大先輩の弁護士に誘われたのだ。
 10年以上も前、私はよく歌舞伎を観ていた。たまたま東京にあるアジア極東犯罪防止研修所勤務となり、外国人に同行したのがきっかけである。英語のイヤホンガイドでは足りず、様々な質問を投げてくるが、答えられない。日本人がこれでは恥ずかしいと感じたのだ。
 歌舞伎は、世界に数ある演劇の中、ことに様式美に優れる芸術だ。絢爛豪華な衣装、回し舞台、そして花道。赤穂浪士討入りや源平合戦、伊達家お家騒動など、生きた歴史もそこにはある。花魁も遊女も心中も日常茶飯の世界である。
というのは表向き、私がファンになったのは実は片岡孝夫(仁左衛門)と坂東玉三郎のファンだったからだ。共に細身の長身。細面、色白の美形。加えて、佇まいの気品。観客はいっせいに身を乗り出し、双眼鏡で一挙手一投足を見つめる。それを見ているだけで楽しい。
 久しぶりの歌舞伎座に、2人は健在だった。大店の若旦那が太夫を身請けする出し物でのコンビだ。同伴者が言う。「身請けの金って、最近の若い人には分からないのだって」。それはそうだろう。今ない言葉は分からない。ちんぷんかんぷんでは遠ざかるのは必定だ。愛好者を増やさなければ歌舞伎もすたれてしまう。
 しかし、長いねえ。午後9時半終了後、大先輩が漏らした言葉に、相づちを打つ。夜の部は午後4時半に始まり、出し物3つの合間に休憩は30分。正味4時間半、同じ姿勢で座るのは、現代人には酷である。日に3回転させ、一回の出し物はせいぜい2つとして、その分観劇料を安くしてはどうか。
 守るものは守る、変えるものは変える。何事であれ、それはきっと生き残る智恵である。

自由民主党女性誌 『りぶる』

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