執筆「法律の基本は国語力」

 そろそろ前期の試験問題を作る時期だ。学生は心配しているが、基本的な問題しか出さないから、日頃勉強しておけばどうということはない。
  ただ、論述式なので、文章が書けないといけない。学生には、新聞や本を読み、実際に文章を書いてみなさいと、折に触れて勧めている。法律の基本は国語力だからだ。
  法律は見識に根ざした学問である。まずは常識ありき。それを万人に納得させる理論づけが法律である。だから基礎的な素養が何より大事となる。昨年、法科大学院が始まったが、その本家本元の英米では、大学に法学部がない。文学、ジャーナリズム、心理学などを専攻した者が、さらに法曹を目指してロースクールに進み、一気呵成に法律を習得する。
  日本では、来る裁判員制導入に伴って、中学で法学教育を施すという。社会に関心を持ってもらうのはいいのだが、そんなことに時間を回せるほど、基礎教育は十分になされているのだろうか。
  さらには小学段階での英語教育にも疑問を感じる。たしかに英語ができると便利だが、あくまで伝達手段であり、肝心の思考を作るのは国語である。昔からいわく、「読み書きそろばん」。初等教育で学ぶべきはとにかく国語なのだ。英語は中学から学んでも十分、物になる。それに、本当に英語が必要な人は限られる。我々は、海外ニュースも本もすぐに母国語になる便利な国に住んでいる。
  教育は基礎作りである。「基本に立ち返って」と、私はいつも学生に言っている。

東京新聞 夕刊 『放射線』
(中日新聞 夕刊 『紙つぶて』)

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