至福の時は、一日を終え、就寝までのひととき。よほど疲れていないかぎり、私は活字に目を通す。新聞、雑誌、法律書、小説、何でもいいのだ。何であれ、ああなんて幸せなんだろうと私は思う。
実に安上がりだが、生来そうだったわけではない。贅沢もかなりした。ことに着る物。洋服ばかりか、着物や宝飾品にも嵌った一時期がある。昨年弁護士になり、シックなパンツスーツの外は要らなくなって、急速に関心を失ったのだ。となると、住居はずっと賃借でと思っているから、欲しいものが何もない。最近心が平穏なのに、物欲からの解放があると気がついた。物を整理し、今後は快適な住空間で暮らそうと思う。
人は本来、簡素な生活でこそ落ち着いた気持ちになれるのだという。
自ら求めて僧や修道女の生活を送る人はもちろん、収容所や戦後の耐乏生活でも同じだという。物がなく自由が制限されてもなお、そうした生活は、「人間がいかに少しのものでも生きていけるか、そしてそういう簡易な生活がどんなに大きな精神上の自由と平和を与えるものか」教えてくれるという。「私たちの中の大部分は、簡易な生活を選ぶことができるのにその反対の、複雑な生活を選ぶのである。」(リンドバーグ夫人『海からの贈り物』吉田健一訳)
これからはシンプルに暮らそう。そしてシンプルに生きよう。人生で本当に必要な物は少しだけだから。仕事、家族、親しい友人。そして何より、健康であること。
東京新聞 夕刊 『放射線』
(中日新聞 夕刊 『紙つぶて』)