執筆「後半生のスタートに」

 何かの拍子に、昔読んだ言葉が蘇ってくることがある。「コートは若い人のもの。中年になると動きが鈍くなり、似合わなくなるのです」。あっ、五十歳を目前にした最近、明らかに動きが鈍くなってきたのだ。

 老化を意識し始めたのは二、三年前である。そうなって初めて、遅まきながら、気がついた。人は必ず死ぬ。である以上、その前から徐々に老いて弱っていかねばならぬ。それが自然の摂理であり、人の努力には限界があるのだと。

 大袈裟なようだが、以後、人生観が変わった。いずれ介護が必要になる身として弱者の立場が分かってきたし、何より、あとで後悔しないよう、やりたいことは今やっておこうと考えるようになったのである。

 私の場合、たまたまその時期が、参院議員一期目の後半にあたった。若くさえあれば、制度が変わって熾烈になった選挙選を一度は経験してよかったし、大臣もやってみたいと思ったかもしれぬ。だが、もう一期やれば私は五十代半ば。それから新しいことを始めるには、頭はともかく、体がついていかないと実感できたのである。

 今夏、私は再出馬せず、法律事務所を始めた。議員になる前は検事を十五年し、うち二年は訟務検事(民事・行政事件の国側代理人)もしたが、弁護士業、また自由業は、初めての経験である。

 翻って、国会では得難い経験を数多くした。委員会での質問は大好きだった。ただ、国会という所は、本会議であれ委員会であれ、時間拘束がやたらに長いのだ。また、何であれ、数が必須。各自思惑もしがらみもあって、正論だから通るというわけではない。数の力で押し切られ、審議にさえならないこともあった。

 今は小さな場ではあるけれど、自ら責任をもって考え決断し、回答を出すことができる。後半生は微力ながら社会のお役に立てるよう、「人にやさしく」をモットーに、かつ老い始めた我が身にもやさしくありたいと思うのだ。

産経新聞「from」

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