桜開花,国会は動かない……

 あちこちで早や,見頃だ。桜という花ほど心を浮き立たせてくれるものはない。
 もっともここ10年ほど前から満開時が読めず,予定が立たずに困る。地球温暖化や環境破壊の影響で,我々の大事な地球が壊れていっている現れの1つなのであろう。

 さて,日銀総裁ポスト。空白のままである。
 昨年の参院選から衆参がねじれ,だが法案については憲法上,衆院で再可決の方途が規定されているが(もちろん奥の手であり,滅多には使えないが),国会の同意人事については憲法・法律ともに規定がなく,参院で否決された場合の取り扱いが問題視されていた。
 そして案の定である。日銀総裁が不在だなんて,国際的にも信用がた落ちだが,そんなこと知ったことじゃなし,野党は政局に持って行きたいのだろうし,官邸は野党はもちろん与党内での「根回し」もなく,まさに出たとこ勝負,恥ずかしい限りである。
「自民党」がブランドであったのは,腐敗しても政権担当能力はあることにあったはずだが,安倍→福田と続いて,国民はその能力に不安を覚えている。であるならば,これまた大した期待はできないにしろ,一度政権を交代させればいいではないか……。

 問題は,質の良い政治家が選ばれないシステムにある。
 イギリスは完全な小選挙区制だが,日本と違うのは,議員が亡くなって子どもが出る場合も党が別の選挙区を割り当てるのである。日本が平成5年に小選挙区制に変えたとき,範としたのはイギリスの制度だったのだが,日本はブロック別比例制度を併存して残したし,何より世襲制の弊害が大きい。究極,国会議員であることがまさに家業になると,選挙は絶対に勝たねばならず,そのために地元に予算を引いてくること,選挙民の要望を様々に叶えてやること,それら内向きのことをこなした上で,さらに余裕があれば?初めて国家の在り方を考えるわけである。
 日本はそもそもが人的資源で活路を見出す国である。政治の世界には人材が出ない,では済まされない。少なくとも中選挙区制に戻さなければ,新しく活気に満ちた人材は出ようがないと思われる。だが現職に圧倒的に有利な小選挙区をあえて元に戻そうという声は,永田町からはほとんど出ない。

秋田の2児殺しは,死刑求刑に対し,無期懲役の判決であった。被告人の改善更生は難しいと述べながらも,極刑宣告には躊躇した結果であった。
渋谷の夫殺し,ばらばら持ち運び事件。検察・弁護人選定の精神鑑定医が2人とも責任能力なしと口頭で述べた。検察は責任能力ありとの鑑定を踏んだ上で起訴したはずだから,不思議なことだ。重篤な精神病でもないのに責任能力なしとの判断はあまり聞いたことがない。彼女に常時暴力を振るっていたとされる被害者。まさに死人に口なし,離婚だって出来たのに,一人息子をこんな形で奪われた遺族の心情を思うとやりきれない。
 茨城の無差別殺戮。命をゲームのように扱う事件が増えてきたと感じている。こんな手合いにかかれば誰であっても災難は避けられない。とはいえ予告されながら最悪の被害を防げなかった警察は国賠の対象になるのであろう。

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