足利事件に思うこと

 足利事件の激震度は高い。
 19年前,栃木で起こった幼女殺害事件。無期懲役刑が確定し服役中であった被告人の,当時のDNA鑑定の誤りとする近事の2つの鑑定結果を元に,検察は裁判所による無罪決定を待たずして,異例の白旗を掲げた。4日,釈放。
 従来の検察であれば徹底抗戦ということもありえたろうが,どうにも争えないほどに明白な鑑定結果であったのだろう。またこの5月21日以降に起訴された重罪については裁判員制裁判となり,素人である裁判員を対象に取り調べの可視化が問題になっている昨今,検察の威信と,無辜の人の抑留を秤にかければ,後者のウェイトが高くなるのは当然である。

  1.足利事件はDNA鑑定が有罪の決め手となった最初の事件と言われるが,精度が当時 それほど低かったとは,恥ずかしながら知らなかった。
  私はじめ法務畑には科学に疎い人が多く,科捜研を信じ切っているのが現状だ。
  ただ,以後DNA鑑定の精度が飛躍的に向上したことは喜ぶべきことで,刑事事件ばかりか民事の父子鑑定などでも大いに役立っている。
 従来から指紋・血痕・足跡痕その他,犯人の遺留物分析の重要性はつとに指摘されてきた。科学捜査が未だになおざりにしている発展途上の国では未だに冤罪が極めて多いことと思われる。

2.とはいえ,科学捜査は決して万能ではないことも,人が人を捜査する以上決して忘れてはならない。
 足利事件も犯人の自白と現場の状況が合わなかったとされる。
 それ以上に気になったのは,当時その近辺で他に2件,幼児を被害者とする殺人事件が起こり,こちらは迷宮入りとなったことである。おそらくは,足利事件の犯人とその2件の犯人は同一ではなかったか。
 精度の低いDNA鑑定に惑わされ,足利事件の真犯人もその2件の犯人も野放しになってしまった。当初気付いて捜査の方向性を別に向けていたら,犯人は捕まったかもしれない。今回の釈放を,被害者の遺族はどんな思いで聞いているだろう。冤罪は,罪を着せられた人にとって酷であるだけではなく,被害者にとっても酷なことである。

3.今回のことが死刑廃止論を高めないことを祈る。
 死刑廃止論者が依拠する最も大きな理由は冤罪である。今回は幸い無期懲役だから良 かった,死刑になっていれば取り返しがつかなかった,そう言われることになるのではないか。実は同時期のDNA鑑定により,福岡で起きた幼児2人殺害の「飯塚事件」では犯人否認のまま死刑が言い渡され,再審準備をしているところの昨年10月に死刑が執行された。心配になったので事情に詳しい人に聞いてみたところ,こちらは鑑定以前に確実な証拠があるという。鑑定試料はすでにないので確かめようがないとのこと。
 少なくとも今後は精度の優れたDNA鑑定の下,全員が襟を正して捜査を尽くし,一つの冤罪も生まないよう,ひたすらに努めるべきであるとしかいいようがない。

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