昨年のことだが、依頼者の方が、大量に邦画のDVDを下さった。メインは成瀬巳喜男監督と黒澤明監督。成瀬監督は小津安二郎監督ほどは知られておらず、このDVDで初めて観たものばかりなのだが、実に素晴らしい映画がたくさんあって、感動している。
「秋立ちぬ」「おかあさん」は全国の子どもたちに是非見てほしい名作だ。今は学校で映画上映などしないのだろうか。貧しいけれども人々は温かく、みながそれぞれ一生懸命に生きている。ああ、いいなあと素直に思う。上質な脚本で、どの台詞も選び抜かれ、どの人物にもリアリティがある。地道にしっとりとカメラはそれを映し出す。役者のちょっとした表情や仕草、舞台のしかけが無言のまま観客に多くのことを物語り、それが余韻につながるのだと思い至る。引き換え、今のドラマには動きやら台詞やらが多すぎる。
昔の著名な俳優に接せられるのも大きな喜びである。「浮雲」(林芙美子原作)は大晦日に亡くなった高峰秀子の代表作である(「稲妻」にも主演)。「めし」(林芙美子原作)、「山の音」(川端康成原作)では上原謙と原節子が夫婦役を演じている。上原謙は二枚目だが大根と言われていて、たしかに何をやっても「上原謙」だ。それ以上に、姿勢が良くないのが残念である。立ち姿が決まらないうえ(役者は姿、声、演技と言われる)、ご飯を食べるときにテーブルに前かがみになるのが気になる。原節子は小津監督お気に入りの女優だが、何をやっても「原節子」という感じで、あまり表情が豊かな感じもしない。とはいえ、彼らは当時の典型的な美男美女なのである。
「晩菊」の杉村春子、文句なく上手い。「あにいもうと」(室生犀星原作)の京マチ子、久我美子。「山の音」の山村聡が素晴らしい。加えて演技達者な名脇役が多い。ほぼどの映画にも登場する加藤大介は善人から悪人まで演じ分けている。老け役専門の浦辺粂子や性格俳優的な中北千枝子、などなど。この時代は映画の黄金期だったのだなと思う。成瀬監督がサスペンスに挑戦した「女の中にいる他人」もいい。新珠美千代、小林桂樹、三橋達也…。若かりし頃の草笛光子も登場する。
最後の映画となった「乱れ雲」は絶対にお勧めである。カラー作品。夫を事故で失った女性(司葉子)が、加害者の男性(加山雄三)と恋に落ちるが、悲恋に終わる切ない話である。加山雄三が当時30歳の若いオーラを発していて、実に素晴らしく、びっくりした。今時こんな好青年はおるまい。司葉子の気品ある清楚な美しさも、他では決して見られないものである。この方は自民党の相沢代議士と結婚していて、国会議員時代に私も何度かお会いしたことがあるが、御夫君の選挙運動をかいがいしく手伝われ、飛行場でバスに同乗するときには御夫君と同行されればよいのに、私に「先生、お先にどうぞ」と言って下さったりした。実に人柄そのままに謙虚な賢さが画面の演技として表れたのだろう。当時この映画のことを知っていたら、私は御本人を前にきっと緊張してしまったに違いない。
黒澤明監督の「羅生門」。原節子を予定していた女優が京マチ子となり、でも京マチ子で大正解だったと思う。三船敏郎は同監督の代表作「七人の侍」でも主役を演じている。どちらもが世界の他の映画にその後決定的な影響を与えている。あと同監督の代表作を見て、その後は小津監督の映画を見たいと思っている。洋画も、今のではなく昔の傑作を是非見てみたいと思っている。人間が生み出した素晴らしい芸術に、接しなければ勿体ない。