弁護士という仕事

 いろいろなことが起こって,書こう書こうと思ううちに1か月が経った。
 弁護士から裁判官に転ずる弁護士任官が奨励されているが,任官者の一人が弁護士会関係の雑誌にこんな感想を書いておられた。
 長所として,弁護士の時より多彩な案件が扱える,合議が新鮮である(この方が勤務する高等裁判所ではすべて3人の裁判官の合議である),給料が決まって入る……。ただ,決定的に違うことは,「依頼者がいない」。
 実際,依頼者あってこその弁護士であり,依頼者のための弁護業務なので,裁判官や検察官の絶対正義とは異なる。お金のことも考えなければならない。その意味である種やはり商売であって営業のうまい人が流行るのだが,ビジネスの上手さと仕事のまっとうさはもちろん別物である。物を売るでなし,医者と並ぶ専門業務だから,同じ専門家でなければ仕事の内容の当否を判断するのは至難の業である。

 経営者タイプと職人タイプ。大きく分けて,この二種があると思う。
 飲食業を例にとると,自分の手に負える範囲で店を維持する人と,どんどん拡張していく人。好む店は前者である。例えば,寿司屋では赤坂の「喜久好」。夫婦2人のこじんまりとした店。味は超一流だが,人件費はかからないし,お酒は一種のみだから値段はリーズナブルだ。近頃料理屋のような寿司屋もよくあるが,扱うのは常に正統派の寿司のみ。常に同じ味の寿司飯を提供できるのは,プロだからと言ってしまえばそれまでだが,これが出来るプロは実際とても少ない。
 自分がもし料理人であればそういう店をやりたいし,もし医者であれば,先生の顔を見ただけで病気がよくなると患者から慕われる,そんな医者でいたい。前にテレビで町医者のドキュメンタリーを見たが,いわく,大病院は病気を診るが,町医者が扱うのはその人そのものである。弁護士がそこまで深く依頼者に立ち入るわけはないが,ビジネスだと思うことはないし,縁あって自分を頼ってくれた人のために,最善の仕事をしたい。

 懲戒事案を扱う綱紀委員会に所属していることから究極の事案は扱っているが,でなくてもセカンドオピニオンを求められることもあって,へえ,こんな処理をしているんだ,ずいぶんお金を取っているのだなとびっくりすることがある。だからといって,正直にそう言えないのも辛いところであるが。
 正直な歯医者は儲からないと言う人がいるが,同じことが弁護士にも言える。訴訟にするのはめったになくたいてい相談で終わるし,せいぜいが内容証明,よくて(?)示談交渉だ。もともと巷に高額事案はさほどない。ただ,検事時代,配点された事件で被疑者や被害者から感謝をされて味わった充足感と,私をたのんでの依頼者との間で味わう充足感とは別物であると感じる。前者はいわば無色透明で気高くもあり,一方,後者は濃密で人間的なものだ。国会議員は常に不特定多数の人のための仕事であり,個別の人に報いるものではなかった。やはり公務員と自由業の差は大きい。
 依頼者の存在を大いにかみしめ,感謝をせねばならないと改めて思うのだ。

カテゴリー: 最近思うこと パーマリンク